工場の歴史

万延元年創業(1860年)明治中期に青刻み昆布の加工を始めました。

明治中期頃の青刻昆布の製造に当時としては画期的な蒸気の力で

切断機を動かす方法が中島政次郎によって提案されたと

大阪昆布商工同業会の65年のあゆみに記録されています。

切断機の発明者である中島政次郎は、現在の(有)中島物産

の2代目に当たります。

弊社は中島伊八が万延元年(1860年)に昆布加工業を大阪上本町において

創業したのが始まりです。

 

↓(明治中期) 得意満面の操作担当者と服装

昆布の選別の状況(爽雑物の除去を人の手で行っている。)
↓女工さんの丸髷や男の子の服装に注目

 

中島政次郎によって発明された蒸気駆動による青刻昆布の切断機

この画期的な切断機が発明された頃の刻昆布業者は

43名を数えていたと伝えられています。

記録によるとこの機械は、青刻昆布の製造に新機軸を出しましたが、

業者や職工達の反感をかいやむなく工場を兵庫県今津に移しました。

 

これは、いかにこの機械の発明が斬新であったかを物語っています。

当時、青昆布に従事する150名は、切り手組を組織して機械化に反対いましたが、

時の流れには勝てず機械化の普及と共に解散したといわれています。